その日の夕方、ぼくは病院で、祖母のベッドの傍らにいた。
ぼくの両親は、ぼくが幼稚園に行くようになる前に、交通事故でふたり同時に逝ってしまった。
それ以来、ぼくは祖母と二人暮しだった。
だが、昨晩、祖母は脳血栓で倒れ、それ以来意識が戻らない。
病院は完全看護ではなく、18時から翌朝6時までの間、ぼくは祖母の病室に寝泊りすることになった。
医師の説明によると、意識は近いうちに回復するが、右脳に血栓があり、左半身に運動障害は残る可能性があるという。
ぼくは悲嘆に暮れていた。
これから先、どうなっちまうんだろう。不安で、不安で、たまらなかった。
看護婦さんが点滴の調子の確認に来てくれた。「なにかあったら、ナースコールのボタンを押してくださいね。ナースステーションにつめてますから。」
夕暮れてゆく窓越しに見える景色を見ながら、祖母のことや学校のことをぼんやりと考えていた。
相談できる人が欲しかった。だが、自分の周りにそんな人はいなかった。
祖母には、ぼくの母以外に、ふたりの子供がいた。ぼくにとって、叔父さんと叔母さんにあたる人だが、祖母が入院したことを連絡したけれども、なしの礫である。
母方の祖父は、大東亜戦争の際に、東南アジアで戦死している。祖母は、三人の子供を育てたわけだが、子育てで精一杯であり、先祖代々の家以外の財産というものは皆無だった。祖母は、苦境に陥ると、山林を切り売りして、なんとか子供の養育費を捻出した。
叔父さんも叔母さんも、遺産分けがないのに、老後の介護だけをするのは馬鹿馬鹿しいと主張した。なんという子供たちだろう。祖母がどんな想いで、子供たちを育ててきたのか、なにひとつわかっちゃいない。ここにあるのは、欲だ。欲。欲にまみれた世界。
太陽が堕ちてゆく。静寂が包んでゆく。祖母の息を聴き取りながら、生きてゆくことの不安について考えた。生命は、幾多の偶然に支えられた不安定なものだ。これに対し、無生物は、あるかに安定した存在といえる。だが、偶然に支えられた不安定なものだからこそ、生命はかけがえのないものではないだろうか。
不意に涙が流れてきた。声にならない声で、祖母の名を呼ぶ。
明日は晴れるだろうか。祖母は、目を覚ましてくれるだろうか。
こんな不安定な心のまま、学校にいっても、なにも記憶に残らないだろう。しばらく休もう。これからの人生は、自分自身の判断で、しっかりやってゆくしかないんだから。
ぼくの両親は、ぼくが幼稚園に行くようになる前に、交通事故でふたり同時に逝ってしまった。
それ以来、ぼくは祖母と二人暮しだった。
だが、昨晩、祖母は脳血栓で倒れ、それ以来意識が戻らない。
病院は完全看護ではなく、18時から翌朝6時までの間、ぼくは祖母の病室に寝泊りすることになった。
医師の説明によると、意識は近いうちに回復するが、右脳に血栓があり、左半身に運動障害は残る可能性があるという。
ぼくは悲嘆に暮れていた。
これから先、どうなっちまうんだろう。不安で、不安で、たまらなかった。
看護婦さんが点滴の調子の確認に来てくれた。「なにかあったら、ナースコールのボタンを押してくださいね。ナースステーションにつめてますから。」
夕暮れてゆく窓越しに見える景色を見ながら、祖母のことや学校のことをぼんやりと考えていた。
相談できる人が欲しかった。だが、自分の周りにそんな人はいなかった。
祖母には、ぼくの母以外に、ふたりの子供がいた。ぼくにとって、叔父さんと叔母さんにあたる人だが、祖母が入院したことを連絡したけれども、なしの礫である。
母方の祖父は、大東亜戦争の際に、東南アジアで戦死している。祖母は、三人の子供を育てたわけだが、子育てで精一杯であり、先祖代々の家以外の財産というものは皆無だった。祖母は、苦境に陥ると、山林を切り売りして、なんとか子供の養育費を捻出した。
叔父さんも叔母さんも、遺産分けがないのに、老後の介護だけをするのは馬鹿馬鹿しいと主張した。なんという子供たちだろう。祖母がどんな想いで、子供たちを育ててきたのか、なにひとつわかっちゃいない。ここにあるのは、欲だ。欲。欲にまみれた世界。
太陽が堕ちてゆく。静寂が包んでゆく。祖母の息を聴き取りながら、生きてゆくことの不安について考えた。生命は、幾多の偶然に支えられた不安定なものだ。これに対し、無生物は、あるかに安定した存在といえる。だが、偶然に支えられた不安定なものだからこそ、生命はかけがえのないものではないだろうか。
不意に涙が流れてきた。声にならない声で、祖母の名を呼ぶ。
明日は晴れるだろうか。祖母は、目を覚ましてくれるだろうか。
こんな不安定な心のまま、学校にいっても、なにも記憶に残らないだろう。しばらく休もう。これからの人生は、自分自身の判断で、しっかりやってゆくしかないんだから。
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by rhizome_1
| 2004-08-07 07:29
| 創作